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大阪地方裁判所 昭和34年(ワ)4167号 判決 1964年6月10日

原告 森下作太郎

被告 本多勢一

主文

被告は原告に対し金一四九、六三七円を支払え。

原告その余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを五分し、その二を原告、その余を被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、被告は原告に対し金二三四、九八〇円を支払え。訴訟費用は被告の負担とするとの判決を求め、その請求原因として次のとおり述べた。

一、原告は昭和二〇年八月二〇日、被告に対し原告所有にかる別紙目録<省略>記載の家屋(以下たんに本件家屋という)を賃貸し、賃料はその後地代家賃統制令の改訂にともない順次改訂され、昭和二七年一二月一日から、右統制令解除後の昭和三一年一一月三〇日にいたるまで月額金二、二二〇円に値上げされた。

二、ところが、被告は本件建物の階下表側(北側)を店舗に改装し(以下本件店舗という)て麻雀店を開いていたものであるが、昭和三一年六月一九日、建設省令第二四号に基き、地代家賃統制令施行規則第一一条の規定が改正され、同年七月一日から施行されるにいたり、本件家屋は地代家賃統制令第二三条第二項但書後段に定める併用住宅にあたるものとなつたため、原告は同年一一月二二日、大阪府建政課の係官に依頼して本件店舗の実地面積について確認をしてもらつたところ、その面積が七坪以上であることが判明した。よつて、本件家屋は、前記統制令除外の家屋に該当し、その所在地域が商店地域に位置し、比隣の賃料、並びに被告の本件店舗での営業上の収益等を勘案し本件家屋の賃料は客観的に適正な家賃に修正せらるべきである。

三、そこで、原告は昭和三一年一一月三〇日、被告に対し、同日付の書面をもつて、本件家屋の賃料を月額金一〇、〇〇〇円に増額する旨の意思表示をなし、右通知は、同日被告に到達した。

四、よつて原告は、本件建物につき、被告より昭和三一年一二月一日から毎月一〇、〇〇〇円の賃料を収得しうべきところ、被告から家賃として毎月金二四二〇円の支払をうけているからその差額月額金七五八〇円の割合により昭和三一年一二月一日から、同三四年六月三〇日にいたる迄の間、計三一ケ月分の不足賃料額として金二三四、九八〇円の支払を求めるものである。

被告訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として、次のとおり述べた。

一、被告が、原告所有の本件家屋を、原告主張のごとく賃借し、昭和二七年一二月一日から同三一年一一月三〇日にいたるまでの間、その賃料が原告主張のとおりであつたこと、被告が、本件家屋の階下の一部で麻雀屋を経営していること、昭和三一年一一月二二日、右店舗の坪数面積を測量した結果七坪以上のものにあたる範囲を店舗用に使用していたこと、および原告主張の頃、原告から被告にあて、本件家屋の賃料を月額金一〇、〇〇〇円に増額する旨の通知をうけたことはいづれもこれを認める。

二、しかし被告として原告の一方的な考えによる大幅な賃料増額はたとい客観的に地代家賃統制令の改正があつたとしても、その額は不当のものである。

三、被告の抗弁

(一)  本件家屋は被告が原告から賃借した当時、まさに終戦(第二次世界大戦)直後のこととて、本件家屋の階下には畳も床もなく、店の間から奥の間にいたるまで階下一面は土間続きであり、奥の方には防空壕がなお、存置していた状態の空漠なる姿の家屋で、被告は賃借と同時に、この防空壕を埋め、奥の方にあたる箇所に六畳一間の部屋を造り、表の部分に手を加えて土間の儘でマージヤン台をおき、爾来、この営業を続けていたところ、昭和三一年一一月二二日原告の求める所轄官庁から店舗面積の調査をうけ、約七坪半位の面積を有することが確認され、これに基き、原告から賃料を月額金一〇、〇〇〇円に増額する旨の通知をうけた次第である。

そこで被告は同年一二月二二、三日頃、先に被告が取付けた前記和室と本件店舗との境界線上にある敷居及び鴨居を本件店舗の方に約三尺表に移動して右和室を八畳の間とすると同時に、本件店舗を約六坪半位に縮少したのである。

そしてこの状態は、昭和三五年一二月まで持続していたのであるが、かねて客より本件店舗を拡張すべき旨の要望があつたため、被告はやむなく、昭和三五年一二月頃、前述の敷居と鴨居を再び元の位置に戻し、本件店舗の広さを以前の状態に復し、そのため、現在本件店舗の坪数面積が約七坪半位の広さとなつたもので、原告がいうがごとく始めから店舗部分の面積が七坪以上あつたわけではない。

(二)  したがつて原告が月額賃料に一部の遅滞がありとして請求をなしている昭和三一年一二月一日から同三四年六月三〇日までの間において、被告が本件店舗を七坪以上にしていた期間は僅かに当初の昭和三一年一二月一日から同月二二、三日頃迄の二二、三日間の僅かの期間に過ぎず賃借以来本件店舗の面積は約六坪半位であつたのであるから現在の店舗面積を基準として賃料増額の請求をなす原告の本訴請求は失当である。

被告の抗弁に対する原告の認否

本件店舗の面積が昭和三一年一二月下旬より同三四年六月末日までの間、僅かの期間を除いて約六坪半であつたことは認める。しかしながら、被告の本件店舗の縮少移動は原告の承諾をえないでした本件家屋の無断改造であるから、斯る不信行為の事実をもつて地代家賃統制令の適用の排除を求めんとする被告の主張は理由がない。証拠<省略>

理由

一、昭和二〇年八月二〇日、原告がその所有にかかる本件家屋を被告に賃貸しその後順次賃料改訂の結果昭和三一年一一月末日当時の賃料が月額二、二二〇円であつたこと、同月二二日、原告において大阪府建政課の係員を同道して本件店舗の面積の実測をした結果、七坪以上であつたこと、そしてその結果地代家賃統制令の解除を理由に同月三〇日、原告が被告に対し従来の賃料を値上して月額金一〇、〇〇〇円に値上げする旨の増額の意思表示をなし、同日通知が被告に到達したこと、並びに被告が同年一二月一日から昭和三四年六月三一日までの間、本件家屋の賃料として毎月金二、四二〇円を支払つてきていることは当事者間に争がない。

二、しかしながら、被告は原告の右賃料増額通知受領後の昭和三一年一二月二二、三日頃、本件店舗とこれに続く六畳の和室との境界を劃する敷居と鴨居を本件店舗の方に寄せ約三尺表側に移動して、本件店舗を約六坪半に縮少したからその後においては本件建物は再び地代家賃統制令の適用をうけるべきであると抗争するのでこの点について考えてみる。

成立に争のない甲第四号証の一、検証の結果、前掲の争のない事実に原告本人尋問の結果並に被告本人尋問の結果(後記信用しない部分を除く)によれば、本件店舗は昭和二〇年八月の賃貸借開始の当初から被告において階下土間の一部を麻雀屋の営業用店舗として使用していて、その面積は約七坪半であつたところ被告は原告の申出による所轄官庁係員から昭和三一年一一月二二日使用店舗の床面積の調査をうけ、地代家賃統制令の除外をうける七坪以上のものにあたることが発覚したため、原告に無断で右統制令の適用をうける床面積の六坪半位に縮少し、その後いつの間にか賃借当時の七坪以上の床面積の店舗に改装している事実が認められ右認定に反する被告本人の供述をほかにして他に叙上の認定を動かすに足りる証拠はない。

およそ家屋の賃貸借契約は貸主と借主間の継続的信頼関係を基調として成立するものであつて、賃借人は賃借家屋の善良な管理者として、これが維持保存(ただし大修繕については賃貸人の負担に帰することは右統制令の附則規定たる同令施行規則によつて明らかである)に協力すべき義務を負担しているのであるから、賃借人において自己の恣意によつて賃借物たる家屋の構造に変更を加えることは家屋賃貸借の性質上許されないものというべきである。

以上の観点に立つて本件事案を考察するならば、たとい一時地代家賃統制令の適用をうけるように模様替をしたとしてもそれが一時的のものであり、賃借期間のうち長期にわたりその使用部分が地代家賃統制令につきこれが適用除外をうける店舗の使用面積にあたる以上本件併用住宅は前掲の規定によつて地代家賃統制令の適用から除外せらるべきものであると解するのが相当である、したがつて被告のこの点に関する主張は採用することができない、以上認定のとおりとすれば本件家屋の賃料については昭和三一年七月一日より上記統制令の適用が解除されていることになるから、原告は本件家屋については賃料値上の意思表示を被告に対し申出でた日の翌日である昭和三七年一二月一日以降客観的適正額によつて被告にこれが賃料の増額変更をなしうるものといわなければならない。

よつて進んで客観的適正賃料につきこれを如何に定めるべきかについて判断する。

そもそも客観的賃料は家屋の現存使用価値の対価であるからその使用価値の算定に当つては、先ず、現に使用(或いは利用)されている状態を基準とすべく、その状態が借家人の改良、修繕等によりもたらされた場合においては別途にこれが費用償還の請求を考えるべきであつて適正賃料の算定については結局、現存利益の消却のほか利用の価値等を考慮に入れるべきであり、またもとより当該家屋の立地条件、面積の大小、交通の便否を参酌すべきことはいうまでもないところであるから、当該家屋の敷地の評価額右家屋の評価額および前述の耐用年数、権利金の授受、損害の存否とその額等については一考を要すべきところ、これを本件についてみるに、鑑定人中村忠の鑑定結果は賃借権の存在により建物価額の七割を控除するがごときことは相当でないと認むべく、また鑑定人勝清一の鑑定の結果は、鑑定の基礎を定めるにつき、何ら具体的な数額を明示しておらず、その説明も簡に失するのでいづれも本件適正賃料額を定めるについての資料に供することができない、結局鑑定人御門正明の鑑定の結果のみが具体的数字をあげ、これに基き、前示当裁判所の配意基準とほぼ同一の考慮に立つて鑑定を行つているものと認めることができ右鑑定人御門の鑑定の結果によれば、昭和三一年一二月当時における本件家屋の月額賃料は金七、二四七円が相当であることができる、「すると右鑑定の結果の正当性は、成立に争のない甲第六号証、甲第七、八号証の各一、二、甲第九号証の各一、二、甲第九号証等によつても裏付されているところである。」から原告のなした前述の増額請求は、右金七、二四七円の限度において相当と認むべく、したがつてその限度において右増額の意思表示は有効にその効力を生じたものというべきである。そしてこれに対し、被告において右増額の通知受領後である昭和三一年一二月一日から同三四年六月三〇日までの間、毎月金二、四二〇円を本件家屋の賃料として支払つて来たものであるから、これを前記適正賃料額七、二四七円から控除した月額金四、八二七円の割合により、昭和三一年一二月一日から同三四年六月三〇日までの間三一ケ月分、合計金一四九、六三七円の不足額があることが算数上明かであるから、被告に対しこれが支払を求める原告の本訴請求は右の限度において正当として認容すべきも、これを超える部分の請求については失当として棄却を免れない。

よつて訴訟費用については民訴法第八九条及び第九二条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 千葉実二)

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